福岡・大野城市「久遠チョコレート」

色とりどりのチョコレートやクッキーが陳列台に並び、ひとつひとつ手作りする様子がガラス越しに見える。福岡県大野城市に今年3月開店した「久遠チョコレート&ドゥミセック福岡大野城店」。障害者を積極的に雇用している「久遠チョコレート」(本店・愛知県豊橋市)のフランチャイズで、世界各地の厳選したカカオで作るピュアチョコレートが人気だ。店長の松尾敦子さん(61)は「開店以来、お客さまが絶えません」と充実した表情を見せる。

障害者が働く店「居場所」を超えて

チョコレートは約30カ国のカカオを使い分け、日本各地のドライフルーツなどを練り込んで作る。素材の味と香りを生かし、看板商品の「テリーヌ」は抹茶、レモン味など150種以上。目を引くかわいいパッケージは、障害があるスタッフの絵を採用したものだ。このほか、パティシェ柴田武さん監修のソフトクッキーやチョコレートドリンク、好きなチョコレートをトッピングできるアイスもある。

店では障害がある7人が健常者のスタッフとマンツーマンで組んで働いている。自閉症がある山東麻央さん(30)はチョコレートを6等の塊にする作業を担当し「きれいに整えるのはやりがいがある」と話す。知的障害がある中村アリスさん(26)はレジ打ちの合間に客に試食をすすめたり、商品を紹介したりする。「接客は緊張するけど毎日が楽しい」と目を輝かせた。

大野城店を運営するのは特定非営利活動法人(NPO法人)「ゆづるは」。店長の松尾さんは同法人の理事長も務める。松尾さんには重度知的障害がある長男(23)がいる。10年前、長男が通っていた知的障害者通所施設の閉園を機に、重度障害者の母親7人で作業所「パン工房こすも」を開設。各機関に支援を求めたが何度も拒絶されたことがバネになった。「障害がある人が教育と経験を積む場があれば力を発揮できると実証したい。その思いが今につながっています」

2006年にNPO法人格を取得し、訪問販売向けのパンや菓子作り、箱の組み立てなど軽作業を受注したが、コロナ禍で仕事が激減。松尾さんは悩みを深める中で気づいた。「私たちは地域で孤立していた。地域の人には何の施設か分からず、障害者が外部と接する機会がない仕事は良い状況ではなかったんです」

そんな時、テレビ番組で久遠チョコレートを知りフランチャイズ契約に手を上げた。

「久遠チョコレート」は14年に愛知県豊橋市で創業し、全国に店舗や加工施設など全60拠点(九州は8拠点)がある。運営母体「ラ・バルカ」(夏目浩次代表)は03年、同市で障害者雇用促進のためのパン工房として発足。雇用拡大を目指し、ショコラティエの野口和男さんの監修を受けチョコレートの製造を始めた。野口さんのレシピを全店で共有し、重度障害がある人は抹茶をひく作業をするなど、障害に合わせて担当を配置。忍耐力や集中力などの特性を「戦力」として生かしている。

障害者の低賃金問題を解消するため、久遠チョコレート本店では最高で月16万〜17万円を支払う。全国の作業所(就労継続支援B型事業所)の平均賃金(22年、厚労省調べ)は約1万7千円で、10倍を超える待遇だ。持続可能なビジネスモデルを追求する取り組みは来年度の中学社会公民の教科書(教育出版)で「心のバリアフリー」の実践例として紹介されるという。

久遠チョコレートが目指すのは、障害者の「居場所」ではなく「稼げる場所」。そして就労支援施設や社会貢献企業にとどまらない、一流の菓子店だ。

(文・平原奈央子、写真・三筈真里子)